薄色の傘達

 素敵な雨が、今日も降っている。
 ずーっと。 僕がうっすらと涙して間もなく、いや、その瞬間から降り始めたんだ。別にそれぐらいの誤差はいいだろう。そうした方が、この雨がもっと素敵な雨になるだろうから。

『泣く事はとってもいいことです。月に1回は泣かないといけません』なんて事を誰かが言ってた。日常生活で蓄積されたストレスが、泣く事によって解放されるらしい。1年に1度も泣かない人は、理由はいいから、とにかく泣きなさいとまで言ってた。それも号泣で。『うっすら泣いても、何も解放されないから』
 だろうな。確かにそう思うよ。
 だからあの時の僕も、彼女の部屋をでたら、それこそこの雨のように、しみじみとしていて、でもどこかで何かを待ってるような、そんな涙を生産するつもりだったんだ。ドアのノブを回して、通りを歩く恋人達の傘を見るまでは。

どうしたの?

いや、別に素敵だなって。

 そのまま、愛車に乗って雨を眺めてた。ワイパーでこの雨を邪魔者扱いするのも気が引けて、そのまま動かさずに眺めていた。奇麗な雫が僕の愛車を濡らしていく。僕自身も濡らして欲しい感情が湧くのは当然だろう。外にでて僕自身で受け止めた。自然と涙は止まっていたと思う。涙の上から素敵な雨の雫が重なって、そんな事を忘れてしまっていた。初めてと言っていいいぐらいに雨を眺めてた。愛しい気持ちを芽生えさせてくれたこの雨を。自然の摂理で成り立っているであろうこの雨が、そんな感情を生んでくれるなんて、想像すら出来なかった。その気持ちがおさまる気配をみせないから、ただただ、立ち尽くすだけの僕だった。

 僕の涙と一緒に降り出した素敵な雨。
予想していなかった雨の出現と、その雨が生んでくれた素敵な気持ち。その素敵な雨も終わろうとしている。しみじみと、そして待ってた何かと出逢って、その方向に向かっているような、そんな雨が。時間というのは自然と流れる。僕にも彼女にも、そして素敵な雨にも。だからといって皮肉だなとは思わない。そう、それこそさっきまでの素敵な雨に出逢うまでは。僕はあらためて愛車を動かそうとした。

  窓の外にはさっきの恋人達が、さっきとは違う方向に歩いているのが見える。ワイパーはその気がなくても動かす必要がなくなっていた。


【 May 4, 2006 】