暑い中で発泡酒をかっくらう男から

 今日も、暑い。見える限り、赤い。

 ここからは小さく見える男が、茶色の棒を振り回し、赤の他人が投げつけてきた白い球のようなものをどこか遠くへ飛ばそうと躍起になっている。がつっという音とともに球のようなものがどこかに飛んでいく。ここからは、どこへ向かったのかわからないが、何人かが同じ方向に集まっていこうとしているので、おそらくそこらへんに飛んでいったのだろう。

 気にせず、短い服で暑さをしのいでいる女性から受け取った発泡酒を食らう。これがまた、うまい。

 周りの人間がやたらと騒ぐ。何が嬉しいのか、日常的にそこまで声を張り上げることがあるのか、不思議でならないが、昼間から発泡酒を食らう私に言われたくはないだろうか。そう思いつつ、周りの人間も短い服で暑さをしのいでいるように見えているだけかもしれない女性から発泡酒を受け取り、それを食らっているというのが、ここの現状であるから、さほど私が不思議になっていることには異議を唱えることはないだろうというよりも、唱えられないだろう。紙コップで飲む発泡酒も、悪くはない。何より、この暑さだ。紙コップの発泡酒という季語があっても、不思議ではない。

 先ほどの男を探すと、白い立方体のように見えるものの上に片足を乗せ、先ほどまで立っていたところを眺めている。その後ろに立っている男は、上から下まで黒い服だ。この暑さで、それですか。悲壮感を漂わせていなくても、漂っている風なフィルターを頭のなかでかけてしまう。iPhoneアプリを使わなくても、容易にできる。なるほどねえ。サラリーマンって悲惨だよね、これだもの。こちらは好きなポロシャツに短パンに発泡酒ですよ。休みが終われば、半日もたてば、同じフィルターがかかったサラリーマンに変身してしまうことを棚に上げて、うやむやにしてしまった上でそれらを発泡酒と一緒に飲み込む。ぶつぶつという泡がつぶれては何かに変わっていく音が、騒がしさの中に混じっては消えていく。騒がしいのにそれらが聞こえてくるのは、目の前の風景にさほど興味のないことを証明している。ああ、暑い。そして、赤い。

 この場所に意気揚々と参加している私の甥っ子は、隣でiPhoneを触っている。私を誘ってこの場所にいるのに、最新式と言われる携帯電話に夢中だ。最新式と言われるだけあって画面はそれなりに大きい。光を反射しているそれなりに大きい画面にちらりと目をやる。私の行動に気づいた甥っ子が私に顔を向けた。何やら、男たちの情報を得ようとしているらしい。あの人がこういうことで、あの人をこうするとああなるんだよ、そうなんだ、なるほどねえ、ええそうなの? 海外に行ったんだ、すごいんだねえ。色々と説明をしてくれるものの、私は発泡酒に逃げる。逃げても逃げても、人生の曲がり角を数回しか曲がったことのない甥っ子は意気揚々と追いかけてくる。私は淡々と返事をする。発泡酒以上に気の抜けた返事が、甥っ子の精神に少しへこみを生じさせたのだろう、ぶつぶつと一人で何やら言い始めた。私は私で、海外に行ったという若い男のことを考える。技術を持って海外に行った一人の若い男。サラリーマンの中の上位何%の中に入るのだろう、その若い男は。わざわざiPhoneで調べる気にはならないなと思いつつも、隣の若い情報通は肩肘をついて数席前に座っている若い女性の方を眺めている。甥っ子も数席前の若い女性も、暑いだろうな。そして、甥っ子も数席前の若い女性も同じように、赤かった。


【 May 20, 2018 】